写真集「世界一周」有園麻美

Dharamsala

2008.04.15 ~ 2008.04.26 ヴィパッサナー瞑想

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ヴィパッサナー瞑想に行ってきました。これは、ブッタが発見した瞑想法です、10日間瞑想センターにこもって、 話さない、読み書きしない、目も合わせないで、1日12時間座って瞑想するのです。旅する前は、精神世界的はお話にはちっとも興味がなかったのですが、旅していくうちに、興味がわいてきて、そういう瞑想などもやってみたいなーと思っていました。ヴィパッサナーは有名で、旅人でもやったことのある人は多いのです。評判は結構いい。やってみることで何かが自分の中で変わるといいなーと思いました。でも、期待しすぎると、ガッカリに終わることが多い私は、あまり期待しないように努力して向った。そして、デリーで会った人に「よかったけど、キツいよー。途中でリタイヤする人もいるしねー」と聞き、えぇ!?そんなにキツいの!?こわいなー。。私もリタイヤするかもなぁ。。でも、10日間はやりきりたいなーって。とビクビクしていました。

朝4時起床。そして2時間瞑想、朝食、瞑想3時間、昼食休憩、瞑想4時間、軽食、瞑想1時間、講話2時間、就寝。毎日このスケジュール。1日のうちの半分の12時間は座っていることになる。瞑想しているか、寝ているか、食事しているか、ぼーっとしているかのどれか。胡坐で座っているから、当然、足は痛くなる。背中も痛い。お尻も痛い。たまに肩も痛くなる。1日目はまだ初日だったので、集中力があった気がする。ツラかったのは、2日目から4日目くらい。そして、5日目くらいから、体が慣れてきて、痛みはあるけど、痛みがなくなるのが早くなった。

瞑想中は何も考えてはいけない。ただ、自分の呼吸を観察する。自分の感覚を観察する。だけど、そんなのは瞑想始めたばかりの私には無理な話であって、色々なことが浮かんでくる。過去のこと、日本に帰ってからのこと、瞑想センターに行く数日前からワンピースを読んでいたので、そのワンピースの名場面が出てきたり。未来(日本に帰ってからのこと)を思うことが多かったなー。自分の心はなんておしゃべりなんでしょう!という感じだった。
でも、ヴィパッサナー瞑想(体の感覚を観察する)を習ってからは、観察の対象が体全体と、範囲が広がったので、 前よりは集中できるようになった。集中できるようになると、体のエネルギーの流れみたいなのを、たまーに感じることができた。グループ瞑想の時、1時間は動いてはいけないと言われるんだけど、1時間足を組み変えずに座ってられたのは、10日間で3回だけでした。1時間動かないっていうのは、本当につらかった。
そして、最終日、愛と慈しみのメッタの瞑想を習った。それは、愛と慈しみをみんなで分け合いましょうみたいな感じの瞑想です。テープに合わせて瞑想するんだけど、それをしている時に、わけもなく涙がだーっと溢れた。きっと、愛と慈しみを感じ取ったに違いない。なんか、とってもよかった。
終わった後、この瞑想を受けて、本当によかったー!と思った。何がよかったとかは具体的に言えないけど、よかったのです。毎晩の講話も良いこと言っていたしね。今度は日本で受けようと思う。日本だと、日本語で先生に瞑想の疑問が聞けるのでよい(私は疑問があったけど、英語が話せないため、先生に質問できず、少々もやもや感が残った)

mixiでヴィパッサナー瞑想が終わってから感想の日記を書いた。そして、マイミクの人たちのコメント読んで思ったことがある。真理は自分で体験して発見するしかない。ブッタは瞑想を通して、発見した。でも、私は瞑想を通して発見する必要はないのかもしれない。人によって発見の仕方は違ってもいいのかもしれない。だから、瞑想を続ける必要があるのかなーとかちょっと疑問に思えてきて、ヴィパッサナー瞑想が終わってから、2日くらいは自主瞑想した けど、その疑問がでてきてからは、瞑想するのを止めた。(たいそうな理由を書いているけど、ただ面倒くさいっていうのもある。)

施設

部屋は色々。私は1人部屋だったけど、2人部屋のところもあるし、ビニールシートでできた部屋に5人で過ごさないといけない部屋もある。どの部屋に当たるかは、運な気がする。でも、途中で人が辞めていって、部屋があいていれば、移動も可能。部屋はキレイ。
料理は基本的にインド料理で味がない。私はインド料理あまり好きではないので、おいしくないなーと思って食べていた。夜は、スナックとフルーツとチャイ。夜しっかり食べれないのは、意外とツラくなかった。
シャワーは水だけど、お湯蛇口があるので、バケツにお湯をためて浴びれば寒くない。
フィルター水、お湯、ハーバルティーが置いてあるので、いつでも飲める
洗濯はできないのでランドリーサービスを利用する。1枚5ルピー。超安い。
英語が出来ない人のために、各国のテープがそろえてあり、それを聞ける。だから、英語ができなくても瞑想法は理解できる。
施設は林の中にあるかんじで、木が沢山あるので、本当に癒される!サルも沢山出没して、襲われないか心配だけど、見てる分には癒される。環境はとってもよい。
大抵は静かだけど、ダラムコットの町があるので、たまにうるさい。フルムーンの時とか音楽がガンガンかかっててうるさかった。

講話の覚書

人は生まれた時からいつも外を見るように習慣づけられています。
人は自分の不幸の常に外に求めます。

自分の内を観察することを学ぶと、自分の不幸又は自分の幸福の原因が自分自身にあることがすぐわかるように なります。ある人が別の人をののしり、不快な気持ちになったとしましょう。罵られた人はそれをののしった人の せいにすることでしょう。しかし、じっさいには、ののしった人は自分の心に反意を生み出すことによって、自分 自身を不幸にしているのです。ののしられた人は、それに反応する時、つまり心に反意を生み出すとき、自分で自分 を不幸にしているのです。人はみな、自分自身に対して責任があります。他の誰でもありません。

異なった角度からものごとを見ることができるようになると、他の人からののしられたとき、この人は自分が不幸で あるのでこのような行いをするのだと、理解できるようになります。そして逆に、この不幸な人に対して愛を慈しみ の気持ちを持つでしょう。

私たちは、「私」「私のもの」と呼ぶものに対して強い執着を抱きます。「私」と呼ぶこの存在が何であるか わかってもいないのに、「私」に対する非難や攻撃には我慢できません。この執着は「私のもの」と呼ばれるものに まで広がっていきます。しかし、「私」や「私のもの」と呼ばれるものは、実際には遅かれ早かれ、全てのものは 消え去っていくのです。永遠ではないもの、無常に対して、執着することは苦しみ以外の何ももたらしません。

すべての人が、真の安らぎ、真の調和、真の慈しみを享受できますように。

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